国立研究開発法人 科学技術振興機構

科学の甲子園から宇宙へ

寄稿:2022年9月

写真:谷口大輔さん

谷口大輔さん
東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 博士課程3年
(第1・2回科学の甲子園全国大会 神奈川県代表)

 第1・2回科学の甲子園全国大会に神奈川県代表として出場した谷口大輔です。現在は東京大学の博士課程で天文学の研究をしています。私がなぜ天文学の研究の道を選び、今どのような研究をしているのか、短いながらお伝えしたいと思います。

天文少年、科学の甲子園を経て宇宙の研究へ

 私は小学生時代からいわゆる天文少年で、星空を眺めることが好きでした。そんな私に訪れた転機が、第1回科学の甲子園です。当時高校1年生だった私は、先輩から誘われ、地学担当として科学の甲子園のチームメンバーに加わりました。神奈川県代表として参加した全国大会では、全国8位と表彰台に上がれず、悔しい経験をしました。次こそはもっと良い成績を収めてやる、と意気込んで準備を進めた第2回科学の甲子園でも全国4位と、また表彰台に上がることができませんでした。

揃いのブルゾンを着て肩を組む筆者と仲間たち
第2回科学の甲子園全国大会当時の写真

 とはいえ、科学の甲子園に参加した経験、とりわけ、神奈川県大会や全国大会に向けて準備した経験、は私の進路選択に大きな影響を与えています。というのも、第2回科学の甲子園全国大会では、事前公開競技として「灘の酒」という実技競技がありました。この競技は、酵母とスクロースを用いたアルコール発酵で生成したエタノールの量を競うもので、どのような実験条件を用いればより多くのエタノールを生成できるかを事前に検討しておく必要がありました。この事前準備における、(1)実験の経過を詳細に観察・記録し、(2)様々な誤差要因も定量的に見積もりつつ、(3)どのような現象が起きているかを仲間と議論する、という過程は、高校生当時の私にとってとても興味深く、かつ楽しい経験でした。
 この科学の甲子園に向けた事前準備を通じて、実験・データ解析・議論を通じた科学探究の営みに惹かれた私は、今では研究者の道を志して天文学の研究に邁進しています。私が研究している分野である観測天文学では、いわゆる実験をする機会は多くないですが、天体望遠鏡を使って得た天体のデータを解析・議論し、そこから宇宙の真理を探究します。この科学の言葉を使った宇宙の探究は、私が科学の甲子園を通じて惹かれた行為そのものでした。

気象衛星を用いた世界初の「天体観測」

 私は最近、科学の甲子園に一緒に参加した友人であり気象学を専門とする山崎一哉氏とタッグを組んで、天文学と気象学を融合した新たな研究分野の創出に取り組んでいます。その名も「気象衛星を活用した時間領域恒星天文学」です。
 我々が着目している気象衛星であるひまわり8号は、その名の通り主に地球の気象を観測している人工衛星で、撮られた画像は日々の天気予報などに活用されています。ひまわり8号は可視光から赤外線(0.45–13.5μm)に渡る合計16個の波長で、10分に1回の頻度で地球画像を撮影しています。目ざとい人は、この地球画像の周囲に「黒い領域」が写っていることに気付いたかもしれません。この領域は実は地球の背景の宇宙空間です。我々はこの宇宙空間画像、とりわけたまに写り込む恒星の画像、を用いれば、気象衛星で地球以外の天体の研究ができるのではないか、と考えました。特に、ひまわり8号の高頻度観測と幅広い波長域を活かし、多波長での恒星の明るさの時間変化を測定できるのではないか、と。

地球を写した衛星画像とベテルギウス拡大画像
気象衛星ひまわり8号が捉えた、ある日のベテルギウスの姿

 しかし、私のような大半の天文学者は、気象衛星が撮った画像を解析した経験はおろか、どうすれば画像をダウンロードできるのかさえ知りません。そこで私はすぐさま、科学の甲子園に一緒に出場した中学一年生以来の友人であり、現在は東京大学で気象学を研究している、山崎氏に連絡しました。ひまわり8号で星の明るさの変化を測定できないかな、と。山崎氏は抜群のデータ解析センスで、なんとこの話を持ちかけた翌日には恒星の明るさの時間変化を測定してくれました。この初期解析結果を発展させ、山崎氏が気象衛星データ解析を、私が得られた恒星の明るさの時間変化をもとにした天文学の解析を、それぞれ担当するというタッグを組んで研究を進めています。
 最後にこの研究の代表的な成果として、オリオン座のベテルギウスの明るさの変化について紹介します。ベテルギウスは日頃は一等星として冬の星空を彩っていますが、2019年末から2020年初頭にかけて突然二等星にまで暗くなってしまう、「大減光」という事件を経験しました。世界中の天文学者がこのベテルギウスの大減光に注目して研究しましたが、観測データが十分でなく、何が原因だったのか議論が分かれていました。そこで、我々はひまわり8号で得た可視光・赤外線(特に10μm周辺の中間赤外線)でのベテルギウスの明るさの時間変化という新たな観測データを活用することで、大減光の原因がベテルギウスの表面温度の低下と、表面のすぐ側に生じた塵の雲により覆い隠されたことの二つの組み合わせだった可能性が高いことを示すことができました。科学の甲子園での繋がりを活かし、天文学者と気象学者が共同研究したからこそ得られた学際研究成果だと自負しています。

ベテルギウスの光度曲線グラフ
ひまわり8号の画像を解析して得られた、ベテルギウスの可視光での明るさの時間変化

 研究内容の詳細は、ウェブメディアAstroArtsに寄稿した解説記事Nature Astronomy誌の原著論文をご覧ください。

 次回は、第1回科学の甲子園全国大会 埼玉県代表の原 雄大さんです。